【歴史の変遷】
練馬に人が住み始めたのは、約1万5千年前の先土器時代からとされている。これを示すものとして、石神井川や白子川流域、また三宝寺池や富士見池の周辺などから、46か所もの先土器時代の遺跡が発見されている。鎌倉時代、荘園を基盤とする武士団が誕生し、練馬地区において領主的支配をおこなっていた豊島氏が、扇谷上杉氏の重臣大田道灌との決戦に破れ、文明9年(1477年)200年の治世を閉じた。
天正18年(1590年)、徳川家康が江戸城に入った。江戸幕府開府後、練馬の村々は、大部分が天領に、一部が旗本の知行地になった。この当時、練馬の農業は水に恵まれない土地柄のため、幕府が開発した上水を利用した(千川上水)。江戸中期には、江戸の発展に伴い練馬は、大根、ゴボウ、ナス、イモなどを江戸市中に供給する一大近郊農村になった。特に、大根は関東ロームといわれるきめ細かい土壌に適していた。また、保存食としてのたくあん漬が根付いたのがこのころであった。
慶応4年(1868年)、江戸は東京に改められた。東京が日本の首都、政治の中心として発展するに従い、練馬は東京市民への野菜の供給地として、ますます重要性をましていった。しかしそんな練馬も、大正12年の関東大震災を境に、しだいに姿を変えていく。都心から周辺地域への人口の流出、交通の発達に伴う工場の進出等がその原因であった。昭和22年8月独立を求める人々の努力が実を結び、練馬区は板橋区から独立し、23番目の特別区となった。
【位置、面積、人口】
練馬区は23区の北西部に位置し、東西やく10km、南北約4〜7kmのほぼ長方形で、面積は48.16km2である。東京都の総面積2,183.34km2に対し、練馬区はその約2.2%、区部の総面積617.76km2に対しては約7.8%に当たり、23区の中では世田谷区、大田区、足立区、江戸川区に次いで5番目の広さである。
平成12年5月1日現在、練馬区の人口は659,704人(外国人登録10,629人を含む)世帯数290,223世帯(外国人世帯を除く)人口密度13,698人/km2である。人口は発足の117,218人以来一貫して増え続け、特に昭和30年代前半から40年代前半にかけて著しい。53年以後、わずかではあるが減少をたどる時期もあった。
【産業】
練馬区の産業構造は主に卸小売飲食業、サービス業、建設業、製造業で構成されている。傾向としては製造業が減少しサービス業が増加する傾向にある。

<工業>
練馬に工場ができ始めたのは大正の初めに私鉄が開通してからで、それ以前はたくあん漬と水車を利用した製粉などだけであった。昭和10年代には軍関係の金属、機械、電気部品の工場が増えたが敗戦とともに減り、日本経済の復興とともに、昭和30年以降、工場が増え、昭和30年から現在まで、工場数約6倍、工業製造品出荷額約22倍、従業者数約3倍と増えています。しかし、土地の値上がりや交通混雑による輸送難など工業立地条件が悪くなったため、昭和40年代後半には、大手繊維工場が閉鎖され、他にも大工場がいくつか移転していきました。

<商業>
■魅力ある街づくり
区内の商店街は、食料品や日用品の販売を中心とする小規模の商店で構成される近隣型商店街がほとんどである。
近年の消費者のニーズの変化や車社会の到来による消費者の行動範囲の拡大、さらにはコンビニエンスストアや大型店舗の進出などにより、区内の商店の経営は大変厳しい状況にある。区では、区内の商業の発展のため、商店街診断やふれあい商店街づくり事業、商店街共同施設設置事業の助成などを行って、魅力ある商店街づくりに努めている。

【練馬の伝統的な祭りと行事】
(1) 探湯(たんとう)の儀
●1月18日、9月18日
●御嶽(おんたけ)神社(中村3−8)
これは、日本初書紀にでてくる「盟神探湯(くがたち)」に由来するといわれます。身体健全を祈願して行われる荒行で、白装束の行者が大がまで沸かした熱湯を笹の葉につけ、全身に振り掛けます。区の無形民族文化財に登録されています。
(2) 鶴の舞、神輿渡御(みこしとぎょ)の御供道中歌(おともどうちゅうか)
●4月の第2日曜日(3年に1度)
●氷川神社(氷川台4−47−3)
これは、氷川神社に古くから伝わり、今日まで続いている珍しい民族芸能です。神社発祥の地、桜台6丁目の「お浜井戸」まで石神井川沿いを練り歩く「お浜井戸の里帰り」の中で行われる珍しい民族芸能です。区の無形民族文化財に指定されています。
(3) 照姫まつり
●4月下旬
●(練馬区石神井公園)
照姫祭りは室町時代の中頃、現在の練馬区石神井公園の辺りに、豊島泰経(としま・やすつね)を主とする豊島家の本拠地、石神井城があり、それが大田道灌に攻められて滅亡しました。「金の鞍の馬に乗った豊島泰経が三宝寺池に入水した様子を見て、娘の照姫が後を追って入水した」とあり三宝寺池近陵には、今に残された殿塚、姫塚があり、これが泰経、照姫のものだと言われています。この故事にちなんで華やかな時代衣装を身にまとった約93名の行列が、石神井公園の野外ステージを出発し、約2.5kmのコースを練り歩きます。今回で13回目を迎え、秋の練馬まつりと並ぶ練馬の二大まつりとしてすっかり定着しました。
【参考】
練馬区の状況については練馬区のホームページを参照されたし。